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2008年09月26日

Vol...(53) 最初の犠牲者

 私達が収容されたフィリピン小学校は、麻山方面から連行されて来る人々で2〜3日中には一杯になりました。

 食事といえばスプーン一杯の蒸し飯が一日に2回だけです。それもほとんど生米に近いものでした。
米比軍は、あまりにも多い私達日本人が、このままだと何か行動を興すのではないかと恐れていました。

 ですから食事も十分に与えず、体力が衰えるのを待っていたのだと思います。
事実、私達は4〜5日も経つと身体がフラフラになり、便所に行くのも一苦労になっていました。

 そんなある日の事、私は開戦以来、最初の戦争による犠牲者を目撃する事になります。

 その日は天気も良く、私達は収容所内の庭に出て個々自由な時間を過していました。
読書をする人、屈伸運動をしている人、木陰で昼寝をする人‥‥様々です。

 すると突然、パーン!パン!と銃声がしました。
何事かと周辺を見渡すを、一人の青年が「ウ〜ン‥」と唸ってその場に倒れました。

 皆なが駆け寄ると、彼は右耳のすぐ上を撃ち抜かれてほとんど即死状態でした。

 すぐその後に比国兵が数名やって来て、群がる私達をかき分けながら、彼が死んでいるのを確認すると
「これは故意にやったのでは無い、機関銃の整備中に暴発した事故である」と言って死体を持ち去って行きました。

 私には比国兵の言った言葉がとても言い訳がましく感じました。
彼らは日本軍の上陸が真近に迫っているのを知っていて、苛立ちと恐怖心の真只中にいました。

 その後、青年の遺体が何処に運ばれ、どう埋葬されたかを知る術はありません。

 その青年の名前は沖縄県中城村出身の比嘉憲光君。

彼はただ収容所の縁側に坐り、遠い故郷の父母兄弟への想いに浸ってただけだと思います。
posted by og at 22:27| 沖縄 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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